日本最大の”ドヤ街”
24年12月に西成のシンボル「あいりん総合センター」の立ち退き強制執行が行われた。
かつては暴動も行われていた西成は、私にとっては「闘う街」というイメージが強い。
24年夏に訪れた際に垣間見た、街のすがたを綴ります。

彼の地へ
8月上旬のうだるように暑い日、大阪駅から西成へ向かった。

JR新今宮駅で電車を降りた。ここはまだ、なんの変哲もない都会の駅。

バックパッカー向けの格安ホテルが増えていると聞いていたが、たしかに多い。

頭がかすりそうなほど低い高架下を見つける。ここから入ってみよう。

まず目についたのは、グラフィティ。街中に沢山ある。


目を疑う、ぶっそうな言葉。


出歩く前に宿に向かいます。私もドヤに泊まる。一泊1,500円だったか。

先に一旦風呂へ。入れ墨を入れたお兄さんが居たのが印象的。夕方、涼しくなってから出掛けます。
まつり
おや? …夏祭り? 演目は…炊き出し、慰霊祭…

西成の中心地、三角公園へ。
…釜ヶ崎は西成のかつての名前。彼らがこの名前を誇りにしているのが伝わる。

年老いた方が多い。地区の年齢層が上がっているそう。



力強い数々のことば、反骨精神。
これが暴動を生んだ地かと感動してしまうよう。

自分らも大変だろうに。
遠く異国へメッセージを投げかける。

男の背中の肖像。
この時すでにセンター廃止は決まっていた。


しばらくしてまつりが終わり、人々が帰路につきはじめる。

折角なので街中の飲み屋へ。ホルモン焼きが多い印象。
仲良くなったお兄さんを撮らせて頂いた。

帰り際、あべのハルカスが。
なんとも見おろされている感じがしてしまう。

もがき
ー翌朝。
みなさん飲んだのだろう、路上で寝ている。


パチンコ屋の横を人々がゆく。

見守るようなグラフィティ。やはり高齢の方が非常に多い。


当時のあいりん総合センターへ。

無数の言葉。救援を求める声。怒り。福祉。そして無数の残置物。

釜だ。巨大な釜がおいてある。
同じ釜の飯の釜。釜ヶ崎の釜。象徴的だ。

一通りまわることができたかなと思い、こちらの駅から街を去る。

電車の車内で、ほっとした気持ちになるとともに、
少し綺麗な世界に物足りなさを感じる。
高齢化が進んでいるが、まぎれもなく人々が力強く息づいている。
行くたびになぜか心うたれる。もがきながら、闘う街。






